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【ヤマトタケル】日本書紀に記された日本武尊と亀山の関わり 資料など展示 日本書紀編さん1300年を記念 三重 [ごまカンパチ★]

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1 :ごまカンパチ ★:2020/10/08(木) 22:25:26.91 ID:Sh5Xf0CG9.net https://news.yahoo.co.jp/articles/5bd60d978c4e9d65336f080b73aca6c399c91475
 日本で最初の国の歴史書、日本書紀に記された日本武尊(やまとたける)と、三重県亀山市との関わりやなどを紹介する企画展が、亀山市歴史博物館で開かれています。
日本書紀編さん1300年を記念して開かれたもので、日本書紀の編さんに関する研究資料や現代の亀山市との関わりを示すものなど、
今回が初公開となる史料など約80点が展示されています。

国を平定するための戦いから、日本武尊の墓とされる「能褒野(のぼの)」の場所を特定するまでをたどる史料は、江戸時代から明治時代にまで及びます。
市内の忍山神社が生誕の地とされ、荒れ狂う海を鎮めるため自ら海中に身を投げ日本武尊を救ったとされる弟橘媛(おとたちばなひめ)との物語も紹介されています。

この企画展は、12月13日まで開かれています。

47 :ニューノーマルの名無しさん:2020/10/09(金) 00:10:48.11 ID:eRWMj9Nm0.net

>>44
>>1
ところが、どっこい

少彦名登場の章

カガミノフネ羅摩船

羅摩はインド神話ラーマの漢語訳

つまり、
この時点で、
日本書紀が
インド神話を盗作剽窃した
ホラ話物語集であることが
すっかり物証として
証明されてしまっている


>>3
日本という国号が1万年前から存在していた!
って言いそうだな、オマエ

50 :ニューノーマルの名無しさん:2020/10/09(金) 00:13:12.98 ID:d3WEMevS0.net

日本人が漢字使う前の人物の名前を漢字で表記するのがそもそもおかしい

2 :ニューノーマルの名無しさん:2020/10/08(木) 22:27:44.66 ID:DKYbCJeR0.net

日本の武論尊もびっくり

30 :ニューノーマルの名無しさん:2020/10/08(木) 23:23:11.11 ID:alaK1gg/0.net

ヤマトタケルノミコトの幼少期の名は、コウスノミコトと言う
現在の長瀞町に定住していたわけだ
そこが亀山だろ

41 :ニューノーマルの名無しさん:2020/10/08(木) 23:52:54.41 ID:SgWxL5+M0.net 46 :ニューノーマルの名無しさん:2020/10/09(金) 00:10:30.63 ID:bov1AZuh0.net

その後、投馬国出身の長官副長官系の部族が、
瀬戸内海を東征した一方、
卑弥呼、豊姫、日本武尊系の部族は、
豊の国から出雲丹後丹波へと進出して行ったものと考えられる。

72 :ニューノーマルの名無しさん:2020/10/09(金) 05:48:28.67 ID:THw0+oPI0.net

>>4
大化の改新の時に日本最大の焚書があったんだよな
今残ってるのは捏造された国史

16 :ニューノーマルの名無しさん:2020/10/08(木) 22:46:57.13 ID:BHU9CNEp0.net

ヤマトタケルの正体は九州の海人族なんだよね
ヤマトタケルの伝承が残る地には九州の海人族が身につけた有鉤銅釧が出土する
海人族が各地に進出する過程で本州各地の沿岸部にも分布するようになったけど、鋳型は九州北部からしか見つかっていない


関東には九州とは別系統の海人がいたようで、帯状円環型銅釧(上の地図の白丸印)は関東系のオオツタノハ貝輪を用いた関東海人の縄張りと思われる


ここに九州系の有鉤銅釧が相当数重なって分布しているので、九州の海人が関東の海人の縄張りに攻め込んだことが考えられるが、
実はこの東方の有鉤銅釧出土地をよく見ると、ヤマトタケルの東征伝承の地と多く重なっている
草薙剣で火難を逃れた焼津、海上で波浪に遭って后が入水した横須賀、その后を思って過ごしたという木更津、
白い鹿を討ったという足柄峠など、これらがいずれも九州系の有鉤銅釧の出土地になっている

つまり邪馬台国のキーマンだった九州海人族にとって畿内征服は最終目標ではなく、そのさらに東の地域を征服するための通過点だったのだろう
縄文時代には既に関東とも貝の交流があった彼らにとってはその視野は自然なものだと言える
東海以東への進出をも視野に入れていた彼らにとって、本拠地が九州のままでは遠すぎて指令を出すのに不都合だったため
本州西部では最後まで抵抗した畿内を陥落させたのを機に、そこに前線司令基地を作ったのがヤマト政権の起こりだと考える

しかし東西に広い日本を広範囲に支配するにはむしろ畿内のほうが地理的に好都合だったため、やがてそちらが中心となっていったのだろう
いっぽう旧都の九州北部は徐々に衰退していき、恐らく白村江の敗戦で決定的に放棄されたものと思われる
これが邪馬台国東遷の全ストーリーである

40 :ニューノーマルの名無しさん:2020/10/08(木) 23:51:56.29 ID:2UwRRxkt0.net

2世紀以前倭国大乱前の畿内には殉葬の痕跡はない
埴輪ができる前のヤマト政権には記紀によると殉葬の風習がある
邪馬台国にも殉葬の風習があった

59 :ニューノーマルの名無しさん:2020/10/09(金) 01:04:01.30 ID:1hR0/uo8O.net

>>28
三重苦みたいなw

33 :ニューノーマルの名無しさん:2020/10/08(木) 23:29:58.79 ID:LR3fBQ9A0.net

>>19
クマソタケルは鶴田浩二じゃなかったかな?

75 :ニューノーマルの名無しさん:2020/10/09(金) 06:54:29.90 ID:oDIUHVvS0.net

という戦艦は知ってる

56 :ニューノーマルの名無しさん:2020/10/09(金) 00:53:30.38 ID:LpPQ0peD0.net

入水した弟橘媛の袖が流れ着いたのが
今の袖ヶ浦

29 :ニューノーマルの名無しさん:2020/10/08(木) 23:17:23.30 ID:BHU9CNEp0.net

>>25
>3世紀4世紀には考古学的に九州北部まで支配が及んでいたことがわかっている
畿内厨はこうやって息を吐くように嘘をつくんだよなぁ
実際は全く逆で、鉄を持たなかった畿内勢力が3世紀末ころに鉄器文明の北部九州に制圧されて
4世紀以降急激に鉄器が出土するようになる

目と鼻の先の淡路島や大阪湾岸にもあった鉄器が奈良盆地内では全然出土しないのは
海辺は北部九州の海人族に制圧されていたが、山に囲まれた奈良盆地の在地勢力が頑強に抵抗していたことを示している

> 825 :名無しさん@1周年 :2019/09/07(土) 22:55:12.63 ID:d3rkd5G50
> 弥生時代の鉄分布と北部九州を代表する海人族阿曇の分布がよく一致する
> 鉄は海人族とともに九州からやってきたんだな
>
>


> 828 :名無しさん@1周年 :2019/09/07(土) 23:01:52.61 ID:yQGATf5S0
> >>825
> 福岡の1621に対して奈良の13が光るねwwww
>
> そこから読み取れるのは、奈良は九州を支配するどころか近隣の山城や河内さえ支配できてなかったってことだな
> そして4世紀以降急に発展するのは九州の海人に征服されてその東国攻略の前線基地になったおかげ、と

20 :ニューノーマルの名無しさん:2020/10/08(木) 22:54:01.29 ID:2UwRRxkt0.net

ヤマトタケルは草薙剣を持たず伊吹山に行った後亡くなった
伊吹山には草薙剣の元の持ち主ヤマタノオロチの神霊が眠ると言われている
伊吹山のある琵琶湖北部は息長氏の拠点
ヤマトタケルの次の世代は神功皇后、気長足姫(おきながたらしひめ)

ヤマトタケルが亡くなり徴用され兵になっていた人たちは故郷に舞い戻ったのか
白鳥が最終的に辿り着いたのは和泉の地で和泉には神功皇后が三韓征伐に出立した伝承が残っている

神功皇后は九州からの帰路、住吉明神を伴い塵輪鬼と戦った伝承が瀬戸内海に残っている

87 :ニューノーマルの名無しさん:2020/10/11(日) 22:12:04.57 ID:CVFoP3mJ0.net

>>55
加佐登?

69 :ニューノーマルの名無しさん:2020/10/09(金) 04:34:19.55 ID:rsHc0EBZ0.net

前にいった連中が無茶やったり規模からいっても
このあたりからはほぼ夜盗の類いとしか思われてなかったし
まあ確かに似たようなもんだから仕方ない

37 :ニューノーマルの名無しさん:2020/10/08(木) 23:44:03.33 ID:JGlU4hZ50.net 14 :ニューノーマルの名無しさん:2020/10/08(木) 22:45:21.01 ID:HUWuywAo0.net

夢十夜では人力車にんぷに仁王より弱いとディスられた日本武尊

35 :ニューノーマルの名無しさん:2020/10/08(木) 23:35:51.58 ID:BHU9CNEp0.net

>>32
東海の支配者である尾張氏は北部九州の安曇と同族


系図を見ると安曇と尾張は同じ祖神に連なるいわば兄弟氏族で皇室ともごく近い親戚である
皇室の祭事に海人の文化が入っていることから見ても皇室は海人の一族だったと考えるのが妥当だろう

なお大和の地を治めた倭国造の祖・珍彦も同祖氏族だ
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%80%AD%E5%9B%BD%E9%80%A0
> 倭国造(やまとのくにのみやつこ・やまとこくぞう)は、後世の大倭国(大和国)中央部にあたる領域を支配した国造。
>
> 氏族
> 倭氏(やまとうじ、姓は直)で、国名の変遷とともに氏族名も変わった(大倭氏/おおやまとうじ・大養徳氏・大和氏など)。
> 天武天皇10年(681年)に倭竜麻呂が連姓に、12年に一族が連に、14年に忌寸姓に、さらに奈良時代には大和長岡と水守が宿禰に昇格した。
> その遠祖・椎根津彦は綿積豊玉彦命の曾孫とされ、一族は神別の地祇に類別される。また八木氏や安曇氏と同族とされる海人族の一族。

81 :ニューノーマルの名無しさん:2020/10/09(金) 13:57:54.35 ID:hIT1Ln9r0.net

>>32
>東海系の土器が多数見つかっている
草薙剣が熱田神宮なのは、初期大和朝廷の軍事力が東海地方そのものだからだよ。
熱田の周辺の小さな神社には、ヤマトタケルの軍勢が鳴海から出港し、関東を平定し戻る寸前に溺死した将軍が奉ってあったりしてある。

80 :ニューノーマルの名無しさん:2020/10/09(金) 10:00:48.84 ID:eakFpYHG0.net

>>77
ヤマトタケルは近畿で死んだのに
何故か息子は九州で生まれてる
仲衷電話いや仲衷天皇
しかも
ヤマトタケルが退治したクマソをまた退治したいと言い出し嫁さんにしかられ寝てる間に寝首をとられてる

84 :ニューノーマルの名無しさん:2020/10/10(土) 20:04:53.71 ID:JqjQjpTR0.net

>>28
神話って意味不明な事多いよな。三重に曲がるほど疲れるって何?w

54 :ニューノーマルの名無しさん:2020/10/09(金) 00:33:44.70 ID:bov1AZuh0.net

天橋立の天女伝説は、
8人の天女が降り立ったと言う。
8人の天女=八女である。
コレが絹織物と酒を伝えたと言う。
絹織物が北部九州から畿内に伝播した時代が、
弥生後期〜古墳時代である。
山門八女の部族が、絹織物と酒という特産物を通じて、
出雲丹波丹後に進出して行った様子を示している。

64 :ニューノーマルの名無しさん:2020/10/09(金) 01:29:20.46 ID:nAxthG9P0.net

>>7
そういうときの誤字はもったいない

神功皇后ね

58 :ニューノーマルの名無しさん:2020/10/09(金) 01:01:04.31 ID:nUwRxc4M0.net

万葉集と延喜式の歴史観は共通しているな
この辺が史実に近いだろう

66 :ニューノーマルの名無しさん:2020/10/09(金) 01:50:16.34 ID:ptOICiDP0.net

二ホンブソン?

9 :ニューノーマルの名無しさん:2020/10/08(木) 22:33:42.38 ID:CRHIZbsM0.net

ヤマトタケルがロウソクプレイしてたのか

9 :ニューノーマルの名無しさん:2020/10/08(木) 22:33:42.38 ID:CRHIZbsM0.net

ヤマトタケルがロウソクプレイしてたのか

73 :ニューノーマルの名無しさん:2020/10/09(金) 06:13:55.74 ID:qK/1SbeZ0.net

ヤマトタケルって、ギリシャ神話のヘラクレスや北欧神話のジークフリート、聖書のダビデやサムソンに並ぶ日本神話のヒーローだと思うんだが、ここじゃ人気無いんだな

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